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4月25日(日記)俳句をひねれば


気持ちがへたって、なかなか思考がうまく働かない中、なんとかnoteを再開してみて、いいこともたくさんあった。

その一つに、
俳句好きのフォロワーの方から、ライラック杯というnote上の俳句大会に誘われたこと。

自分としては、へぼ俳句(へぼ自由律俳句)のレベルなので、とても俳句大会なんてと思っていたが、いざ参加してみると、その俳句大会に参加している人たちから、俳句の感想とともに、ネガティブだった記事への励ましの言葉をたくさんいただいた。

それが、とてもうれしかった。

俳句とか詩とか、まあ小説もそうだけど、文学とは、とにかく一人ぼっちの孤独な作業だと思い込んでいたので、一連のやりとりがとても新鮮であり、楽しくもあった。

そうそう、松尾芭蕉も、河合曽良とともに旅しながら、その各地の俳諧の弟子達と俳句大会を行ったり、宴会もしたりして決して孤独じゃなかった。昔の貴族も盛んに歌会やっていたっけ。

孤独であって孤独ではない文学の形。今流行の文学フリマもその一つの形なのかもしれない。

もう少し立ち直ったら、いろいろ参加してみようかな。
それが、今回のへたばったことの収穫。

下手でも何かを詠う。詠い続ける。それがきっと何かに繋がる。そう思えることが、文学が持ちえる一つの希望かもしれない。

菜の花で 回復感じる 病後かな

仲村比呂
小説家
主に小さい子から読める物語を作っています。文学は最強です。

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